未来のカルマ、アーガーミ
皆様、私、1つお詫びしなくてはなりません。
以前、法を説くためにも法を修める体や自分を大切にしなければならないと
以前の動画では話しましたが、この話、片手落ちになっていまして
専門用語ではアーガーミ、つまり未来のカルマとして
仏陀が言うように壊れたドラのようにやり返さないことも大切であって
その部分が抜けていました。
以前は、自分を満たすことによって溢れた愛で他人を満たせるという視点と
そもそも法を説く為にも学ぶ為にも身体を大切にしなくてはならないという意味で
正当防衛は必要と考えていました。
ここは実は私もまだ迷いがあって
仏陀の言うように壊れたドラのように一切やり返さないこと
イエスの言うように顔を叩かれたら反対の顔を出せという
一切やり返さないことこれが正しいという言う意味と
バガヴァット・ギーターでアルジェナがクリシュナによって
クシャトリアとして戦うのが義務で逃げることは
正しくないと言っていたことについて
正当防衛は良いのではないかと思う迷いがありますが
サイババさんの本を見て思ったのは
やり返すことは当面はスッキリするが
未来ではそのカルマを受けて我慢するしかなく
やり返すことは連鎖され未来のカルマになるとのことでした。
私、シャンカラを研究しようとして本を探していたのですが、
日本で出版されているシャンカラの本が少なくて
仕方なく、サイババ様の本を買ったのですが
サイババ様、素晴らしい方だと思いました。
やられたらやり返してしまうと、カルマとしてはさらに重くなると
連鎖から逃れられなくなり、その重荷は来世で返さなくてはならないと
サイババ様はおっしゃっていました。
悪に悪で返すことは決してカルマを軽くすることはできずに、
さらに重荷が重くなるアーガーミが発生するとのことでした。
だから忍耐によって自分を傷つける者にも善で応えなくてはならないそうです。
私は以前、自分を愛したり守れない人は自分から溢れた愛で他人を満たす行動上
まだ迷いがありますが、
自分を大切にしなければならないと思っていましたが、
自分を大切にするけれども、悪で仕返ししたり、裁いたり、やり返してはいけないのだと
理解しています。
これが多くの聖者の言う非暴力
アヒムサであり、一切何人も
思念でも言葉でも行動でも害さないということの意味かもしれません。
そういう人を愛せるようになるということはとても大変ですが
イエスが自分を殺そうとしている人を神に赦すように願った逸話を考えるに
簡単な道ではないなと思いました。
顔を叩かれたら反対の顔を出せという言葉もありますが、
だから仏陀は壊れたドラのようにやり返してはいけないと説いていたことがわかって
正当防衛は必要だけど、報復では苦楽の連鎖が解けないのだなとわかり、
自分の見識の浅さを深く思い知りました。
その意味で過去出した動画が間違えていたので
訂正しなくてはと思いました。
私は過剰にやり返そうとしてしまう癖があったので
このサイババさんの言葉を読んだ時、
かなり衝撃を受けました。
皆さまはやり返そうと思ったことやそれをやめようとしたり、
何か経験をお持ちですか?
私は今まで、沢山、自分の身を守る為にジャッジしたり、やり返してしまっていました。
それが未来のカルマとなって返って来ると思うと恐ろしいです。
動画内でも語っておりますが
ハンムラビ法典レベルで目には目を歯には歯をくらいの
やり返しをしていた時期がありました。
全部自分に返るのですね。
カルマとは意図が本人に返ることを言うのですが
今までの無数のカルマが自分に返ると考えると
他人に対して一切、悪い感情や考えは持てなくなります。
やり返すことでの未来のカルマ
アーガーミ
皆さんはこの言葉だけでも今日は覚えて帰ってください。


